こうの史代さんの漫画『この世界の片隅に』のアニメーション映画化に挑んでいる。これまでの経緯はWEBアニメーションスタイルの連載コラム「1300日の記録」に書き連ねてきたのだけど、この4月からこっちに引っ越すことになった。引っ越しにあたって題名も変わった。
あらためて。『この世界の片隅に』には、すずさんという10代の女性が暮らす毎日が綴られている。
その毎日はおおまかに「戦時中」とくくられる時期の中にあたる。彼女はその戦時中も半ばの時期が終わりつつある昭和19年2月という時期に、よりによって日本海軍の根拠地である呉に移り住んでくる。
いろいろな物資はみんな足りなくなってきている。すずさんが朝起き、ご飯を作り、洗濯物を干し、少しでもおなかの足しにしようと畑を耕す家の周囲からは、呉の軍港とそこに居並ぶ軍艦たちが見える。そんなところで積み重ねられる「ごくふつうの毎日」。
物語の中で描かれるすずさんの呉での日々は、おおよそ2年間。その一日一日は一色に染め分けられるものではない。
19年4月1日のすずさん。
前の日に広島の江波から大慌てで帰ってきたところ。鉄道輸送をなるべく軍事目的のために使おうと、一般の鉄道利用を制限する『旅行制限令』がこの1日から布かれている。急行列車なども廃止されて、とにかくふつうの人が鉄道を利用しにくいようにされている。片道100kmをこえる乗車券は旅行証明書を呈示しないと買えないようになっている。
すずさんのように広島から呉までの短距離乗車には証明書も必要ないのだが、この4月1日からは旅客運賃も3割高くなっている。なので、すずさんは3月中に呉に戻らなくちゃならなかったのだった。
すずさんの留守中には、呉に宝塚歌劇団がやってきて二日間にわたって慰問演奏会を繰り広げたのだったが、そうしたものにはなから縁がなかったすずさん。すずさんが帰ってきた呉ではまだ桜は咲いていない。
20年4月1日のすずさん。
今年の桜は早く、もう満開だ。ラジオの番組改編があって、郵便が値上げになる。3銭だった葉書は今日から5銭になった。
夜中に空襲警報が鳴り、灯火管制の暗闇の中で家族同士で鉢合わせする。すずさんはよく知らないのだが、B-29は軍艦がひしめく呉港内に機雷を撒きまくり、すずさんが畑から毎日ながめる青緑の海を「機雷原”How”」という名に変えようとしている。
昭和19年のすずさんの毎日。20年のすずさんの毎日。この映画を作る平成27年の毎日。重なって進むわれわれの日々をこれから綴っていきたい。