原作の第8回「19年5月」には例の野草料理が並んでいるのだが、こちらはそれを4月26日(日)に作ってしまった。この文章を書いているのはそれから2週間経った5月10日(日)なのだが、タンポポもスミレもハコベも硬くなってそうだったり、そもそも姿が見えなくなっていたりして、早くも時期外れになってしまっている。
時なんてそんなふうに移ろってゆくものだ。
すずさんがお嫁に来た19年2月から、物語の一応の終焉である21年1月までの丸2年間は、すずさんにとって長かったのか短かったのか。時間の流れは速かったのか遅かったのか。
5月5日(火・祝)には、東京埋立地のビッグサイトで開かれたコミティア112の中で、レイアウト展と1時間半ほどのトークの時間をもらうことが出来た。
レイアウトの展示は、2013年の広島のダマー映画祭のロビーでちょぼちょぼと出来上がっていたレイアウトを壁に貼ってもらったところから始まった。2014年夏には広島で数ヶ所と呉で開催してもらえるようになっていたのだが、広島の展示には広島市内を描いたレイアウトだけ、呉用には呉市内を描いたレイアウトだけを出していた。今回は両方を合わせて、カット数からいえば映画全体のたぶん5%くらいにあたる量を並べることになった。
当日早朝から展示の設営を始めて、あらためて添えられたキャプションを読んでみたら、我ながら(キャプションは自分で書いた)まるで映画の一場面を解説するような文ではないのに呆れ果てた。郷土史か何かの展示のようにしか見えない。
13時からのトークには130くらい座席が用意されていたのだが、気がつくともう70名くらい立ち見の方々が入っておられて、思えば国内では今までで一番多いお客さんを相手に喋っていたようだった。国内で、というのは、アメリカのオタコンでやったトークのときはもっと座席数が多かったように思うからなのだが。それにしても、かなりの数がまったく新しいお客さんだ。
最近は、あちこちでトークをする機会が増え、インタビュー取材もされるようになり、インターネットラジオに呼ばれるようにまでなって、ネタが固定されてきてしまって、喋る本人の中でちょっと新鮮味が薄れてきてしまっているところがある。「これだけ色々調べました」ということを喋りながら、最近は調べものがおろそかになってしまっていたのかもしれない。自分自身がもう少し新しいものと出会っておかなくては。
なので、今のうちに調べ切れてない部分にもう一度手を出し直しておくことにする。
トークの都度、多少は出来ているカットの映像を映写したりもしているのだが、戦艦大和の入港シーンを映写したのが一番少ないはずだ。これは大和自体の描きっぷりというか描線の具合をもうちょっと『この世界の片隅に』っぽい感じにしたいので、今の段階ではまだあまり表に出したくないというのも理由のひとつだが、それよりも大きいのは前檣楼に揚がる信号旗の揚げ方がよくわからないということだった。模型みたいなものじゃなく、ちゃんと人が乗ってその上で仕事している船を描こうとするならば、こういうところはおろそかにできないと思いながら、不勉強なままでいた。
ここへ来てガーッと古本を買い足して、1日首っ引きになって読み込むと、何の旗をどう掲揚しておけばよいのか、おぼろげながらわかってきた。もうあと少しわかってきたら、ちょっとは見られるカットに作り直せるかもしれない。
昭和19年5月10日(水)。
呉では前夜よりしとしと雨。この日は国鉄に女子車掌が初登場している。すずさんはそうした何かプロフェッショナルな仕事に就くのはおよそ似合わない人のように思える。手に職もつけず、女子挺身隊で向上労働することもなく、ティーンエイジャーのまま主婦になった、というのは、戦時中であることを考えると幸せな道だったのかもしれない。
そろそろ南瓜やトマトの植えつけの季節だ。
昭和20年5月10日(木)。
広島より少し西、徳山が空襲に見舞われている。
呉には爆弾は落ちないが、頭上をB-29が飛び交い、呉市内の高角砲が激しく撃ち上げている。すずさんの家の裏の灰ヶ峰の高角砲も、目の前向かい側の高畑山砲台も火を噴いている。音がものすごい。徳山の方角、江田島の向こうの空が真っ黒い。
この日、アメリカでは原爆投下目標選定委員会の第2回の会議があり、投下目標地として京都、広島、横浜、小倉、新潟が設定されている。広島の運命は徐々に狭まっている。
小倉は、広島に次ぐ2発目の原爆が落とされるはずの土地だった。その日8月9日は、前日に空襲を受けて燃える八幡の煙が照準を妨げ、原爆搭載機は長崎へと目標を換えている。
コミティアでの展示を終えたわれわれのレイアウトは、その小倉に向かった。次のレイアウト展は小倉駅前の北九州漫画ミュージアムを会場に、5月16日(土)から行われるのだった。ここでもトークを6月6日に行う。また新しいお客さんに会えるのだろう。