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片渕須直監督コラム「すずさんの日々とともに」

   昭和19年7月のすずさんの周辺。
   6月19日にマリアナ沖海戦で日本艦隊が敗れ、これからはいよいよマリアナを基地としたアメリカの爆撃機B-29が本土上空に飛来するかもしれない可能性がふくらみ、各方面での対応が始まるのだが、すずさんはそんなことなど知らない。
   ただ、これに先立って中国大陸奥地を基地とするB-29が北九州への爆撃を開始しており、6月15日には呉鎮守府管区に警戒警報が発令された。長ノ木付近では、下長ノ木の高台上にあった呉港中学校の校庭にそびえる櫓の上に防空警報用のサイレンがあって、これが鳴り響いた。警戒警報のサイレンは3分間連続吹鳴。すずさんは、当然、これを耳にしていただろう。
   19時23分には灯火警戒管制が発令され、それまで明るかった街中や、家の中も暗くなって、不安な夜になった。真夜中、16日0時55分には最初の空襲警報が発令された。空襲警報は、サイレンを4秒鳴らして8秒間を空け、また4秒鳴らして8秒間を空けるのを10回繰り返す。半鐘の場合は「カーン! カンカンカンカン」と一点打と四点連打を繰り返す。そうした音々が押し寄せてきて、すずさんを脅かしたのに違いない。挙句に灯火管制を徹底させようとした誰かが、電力を停めてしまい、わずかな明かりも点かなくなり、唯一の情報源だったラジオも聴こえなくなってしまった。すずさんたちは、空襲の範囲が北九州にとどまることを知らされないでいてしまう。
   7月になると、北條家の裏に大きくそびえる灰ヶ峰の山頂にある高角砲台が試射を始めた。この山頂の高角砲台には8センチ高角砲が2門あったのだが、より強力な12.7センチ連装高角砲2基4門に交換され、その工事竣工前の7月1日に早くも試射を行ったのだった。
   すずさんを取り巻く音は、こんなふうに物々しくなっていっている。
   ちなみに、灰ヶ峰山頂の高角砲台の砲座は今もそこに残っていて、ひとつは展望台になっている。ここは夜景スポットのデートコースなのだという。

   平成27年7月4日(土)。
   アニメーション映画『この世界の片隅に』制作を支援するクラウドファンディングに参加して下さった方々を招いて、ファンミーティングの第1回、第2回が東京都杉並区で行われた。
   この集いは、出来るだけアットホームな雰囲気を損ねないようにと、1回あたりの入場者数をやや絞り気味にしたので、もっとも人口の多い関東地方では、7月4日に2回、翌週11日にさらに2回を行うことになる。さらに次の週末18日には広島で、19日には大阪で5回目、6回目を行う。
「ここまで調べた」トーク担当の僕としては、計6回それをこなさなければならないのだが、何よりまだ完成もしていない映画を応援して下さるそんなにも大勢の方々と直接お目にかかることになるのが感慨深い。
   クラウドファンディングは「パイロットフィルムを作るため」ということを目的の一部として行ったものだったが、実際にはパイロットフィルムの作画はそれ以前からすでに進んでいた。ただ、背景美術のスタッフを正式に迎えることが出来ずにいたので、なかなか色がつけられない状況がつづいていたのだった。
   パイロットフィルムは本編絵コンテから抜粋した47カットとPV用に作ったタイトルなどの3カット、計50カットからなる。タイトルなども含めると4分50秒になる。
   もちろん、台詞や効果音などはまだまったく入っていない。
   だが、これだけの量のものをひとつながりにして一般の方の前に出せるのだ、と思うと、気持ちが高揚してくるのを抑えることが出来ない。何より、自分自身で『この世界の片隅に』を映像化したいと思って実現のための道を歩み始めてから、すでに丸5年近くが経過している。「ようやくここまでたどり着いたか」という気持ちは、本来なら完成披露試写のときに味わうべきものなのだろうが、この日の自分の感慨はそれに近いものがあった。
   幸いにもこの映像をご覧いただいた方々には、絵柄や、ポーズや、仕草や、色など、どれも「『この世界の片隅に』らしい」「すずさんらしい」と思っていただけたようだった。
   引き続き、物語冒頭の「冬の記憶」シークェンス42カット(パイロットフィルムとのダブりあり)を映像化させるべく、作業を進めている。このパートは動画が3日金曜日に完成した。背景も週明けには完成する。これをお見せする機会があるにしても、当面は音が入らないままの映像になってしまうだろう。
   ほんとうは音のイメージもほぼ出来上がっているので、台詞も効果音もすべて入った状態のものを早く観て欲しい気持ちでいっぱいなのだ。実は、誰よりもこの映画のいち早い完成を望んでいるのは自分自身なのだった。その道が遠いことを知りつつも。

2015年7月10日