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片渕須直監督コラム「すずさんの日々とともに」

   昭和19年7月のすずさんの周辺。
   5月にはすずさんは野草を摘んで、少ない食糧配給を補う工夫を始めていたが、夏に入って来ると食べられる草も減ってくる。
   戦時中の食糧配給では、大人1人の主食配給量は米で1日あたり2合2勺(330g)と定められていた。米穀配給開始以前の全国のサラリーマン世帯の1人あたりの米の消費量は約3合(430グラム)だったので、かなり目減りしている。今、自分で2合炊いてみると結構な量なので、当時はこんなに食べていたのか、などと思ってしまうのだが、おかずが少なくてほんとうに米主体の食事内容だったことを考えなければならない。
   この配給基準量はさらに状況が悪化してゆくと、東京などの大都市を除いて減らされてしまうのだが、呉は大都市であり、かつ軍事的にも重要な労働者が多く住む都市とみなされて、東京並みの水準を保ち続ける。
   ところで、配給基準量は実は「米のカロリーに換算して330g」なのであり、しかもまずこの米は白米ではない。丸っきりの玄米というわけではないが、半分だけ精白して糠を落とした半搗米だ。家庭であらためて精米しなおすと(一升瓶の米を棒で搗いている場面を思い起こしてほしい)、糠を落とした分だけ減ってしまう。さらに、配給時の精米度合いもどんどん白米から遠い方向に基準が改められていってしまう。栄養を補助するためという名目の米糠で水増しされていて、実際に食べられる量はもっと少なくなってしまうのだった。
   それでも米がある状況はまだよくて、米が確保できないときにはほかの炭水化物に置き換えて配給するしかなくなってしまう。
   呉市では19年春頃までは少ないながらも米の配給がほぼ行われ、代用食の配給はあまり行われなかったが、5、6、7、8月は米の配給が米穀通帳指定の1割以上が押麦、甘藷、馬鈴薯、小麦粉、乾麺、脱脂大豆、玉蜀黍、高粱で代用されるようになっている。毎日の食事の茶碗の中身が混合食・代用食であることが普通になってゆく。代用に配給される中身はその時々で変わる。呉市の場合、19年6月には大豆が主体だったが、7月には大豆は半分になって、その分が高粱になっている。高粱はあく抜きをきちんとしないと、渋柿と同じタンニンの渋が含まれていて、これがたいへんにエグく、喉を通らない。そして腹を壊す。すずさんはちゃんと食べるものに作れたかなあ、と心配してみる。

   平成27年7月の第二週。
『冬の記憶』のパートを映像として作り上げることに演出の作業が集中している。動画までは前の週に終わっていて、背景も出揃いつつある。7日(火)には各カットごとに細かく行われている色彩設計のチェックを行った。モブシーンの群集も一人残らずチェックする。そうして動画に色がついたものを、再度背景と組み合わせて、表現的な処理を追加し、撮影にまわせるようにしてゆく。
   そんな作業が連続する中、10日(火)には、普段から講師に行っている母校・日大芸術学部映画学科に赴いて半日話をすることになっていた。2年生の夏休みの課題としてアニメーションを作らせるのだが、その説明をしなければならない。そもそもそれが彼らにとって初めてのアニメーションの授業ということになる。朝9時から始めて12時10分まで午前中2コマを使って、アニメーションで動きを作ることの一番根源的なあたりを喋る。これは基礎教養みたいなものなので、理論評論専攻や脚本専攻の学生も交えた大教室で行った。午後は、具体的な課題制作についてこれも2コマ。最後の1時間くらいは助教の野村君が喋ってくれたのだが、この日はその時点まで5時間くらいひとりで喋りっぱなしだった。
   翌日11日(土)は、『この世界の片隅に』制作支援メンバーズ・ミーティングの東京での3回目と4回目。各1時間半のプログラムなのだが、監督トークとパイロットフィルム上映が真ん中に据えられている。さすがに、息切れしてきたので、自分のトークの時間をちょっと減らしてもらって、パイロットフィルムの上映を2回にしてもらった。毎回の会場にはクラウドファンディングで支援して下さった大勢の方々を招いたのだが、『アリーテ姫』『マイマイ新子と千年の魔法』からここに至るまでのあいだにお世話になったアニメーション評論家、研究者、記者、漫画家のみなさんもたくさん交じっておられて、はからずも来し方を振り返る体験になった。中には、『アリーテ姫』以来の一般ファンの方で、生まれたばかりの赤ちゃんを連れてきてくださった方もいた。
   さらにその同じ11日には池袋の新文芸坐でアニメスタイル企画のオールナイト上映があり、自分の旧作『アリーテ姫』も上映作品に含まれていたことから、トークに出かけることになった。『ユンカース・カム・ヒア』の佐藤順一監督も一緒に登壇して下さるので、喋りはお任せできるので安心だった。佐藤さんは大学の1学年先輩でもあって、在学中からお顔はよく存じ上げていた。クラウドファンディングのときもツイッターで応援をいただいた。
   この日は結局3回のトークをこなす行脚となったのだが、さすがにくたびれた。ただ、直後から『この世界の片隅に』のパイロットや、ふだんなかなか観ることができない『ユンカース・カム・ヒア』『アリーテ姫』などをご覧になったお客さんたちの感想がひっきりなしにツイッターなどに上がりはじめて、かつてないくらいの密度になった。台詞も効果音もない5分の映像に対して、かくも多くの、しかも熱量の高いリアクションをいただけようとは。「以前観たときにはチンプンカンプンだった『アリーテ姫』に、今は細部まで共感できる」といってもらえるようになろうとは。
   そうしていただいたひとつひとつの言葉が、作り手の心の栄養であるように感じられた。もうしばらくは前を向いて歩いていけそうだ。

2015年7月14日