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片渕須直監督コラム「すずさんの日々とともに」

   昭和19年の10月前半のすずさんの周辺。
   この頃に入ると数は少ないとはいえ蜜柑や柿が出回りだし、コスモスや秋の草花が道端で咲くようになって、田んぼでは稲穂が黄金色の稔りを見せている。
   10月に入ってすぐの頃は晴れの天気が続いているが、6日の夜に大風が吹き、7日8日は雨になっている。そうした天候の間を突いて、海軍の夜間戦闘機を呉上空の夜空に飛ばして付近の防空砲台のサーチライトで照射する実験や訓練も繰り返されている。煙幕を張って軍港を隠す実験も行われ、ときどき高角砲を空へ向けて試射する音が響いている。
   10月10日は今も「晴れの特異日」なのだが、この当時もそれはかわらず、台風一過の秋晴れになっている。この日は、日本陸海軍が予定してた最大の決戦の前哨戦が始まる日でもある。日常的なのどかさと物々しさが、あいかわらず隣り合っている。

   平成27年の10月10日には岩手県花巻市まで出かけてきた。宮沢賢治の故郷である花巻では、前年からイーハトーブ・アニメフェスティバルというイベントが行われるようになっている。宮沢賢治というと高畑勲さんの賢治好きを思い出す。その昔、『名探偵ホームズ』の脚本を書いていた大学三年生の頃に、高畑さんが監督した『セロ弾きのゴーシュ』の公開を手伝ったこともある。案の定というべきか、昨年のイーハトーブ・アニメフェスティバルでは二晩続きで『セロ弾きのゴーシュ』や『かぐや姫の物語』の野外上映と、高畑さんのトークが展開されたようだった。
   それが、「今年はひと晩は片渕君に」と振られてしまったのだった。高畑さんがなぜそんなことを思いつかれたのかはよくわからない。

   自分の作品と宮沢賢治は一見特に関係ないように見える。けれど、転校生がやってきて転校生が去ってゆく『マイマイ新子と千年の魔法』を作ったとき『風の又三郎』を意識しなかったかというと、少しはそういうところもあった。『風の又三郎』では都会的なイメージをもった転校生が田舎の小学校に不安そうな顔で現れ、やがて、ガラスのマントだとかガラスの靴といった幻想的な空想を田舎の子どもの心に残してふたたび転校してゆく。『マイマイ新子と千年の魔法』では、このあたりの構造をちょっと違うふうに変えて、主客を逆転させてある。都会から来た転校生の方が、地方の町に元から住んでいる女の子から空想の力を与えられる話なのだ。想像力の与え手である新子が最後に転校して行ってしまうという部分は、髙樹のぶ子さんの原作小説『マイマイ新子』にはなかったのだが、どうしても必要と思ってしまったことの裏には、『風の又三郎』の記憶があったのかもしれない。
   花巻での野外上映のプログラムに、『マイマイ新子と千年の魔法』に加えて、『花は咲く』『これから先、何度あなたと。』、そして『この世界の片隅に』のパイロットフィルムと、『冬の記憶』も載せられることになった。
『花は咲く』は岩手県でも被災があった含む東日本大震災にまつわる作品であるし、『これから先、何度あなたと。』は岩手県にルーツを持つ青木俊直さんにキャラクターを描いてもらい、最後の方には三陸鉄道北リアス線をモデルにした風景も出てくる。
   そして、『この世界の片隅に』については、原作者のこうの史代さんが無類の宮沢賢治マニアなのだった。
   まだ、こうのさんご自身について多くのことを知らなかった頃、でも、初めてページを開いた『この世界の片隅に』の冒頭に、歯が三角で耳がとがったバケモノが登場しているのを目にして、宮沢賢治的な世界を感じてしまったのだった。ご自身と話をするようになってわかったのは、どうもこうのさんは賢治のような物語がつむげるようになるのではないかと思って大学では農学を専攻されたようだということだった。
   ということで、長短5本、すべて宮沢賢治に遠いひっかかりがあるか、岩手県に関係しているかという作品が揃えられて、花巻の宮沢賢治童話村で野外上映してもらえる、ということになった。突然ご指名を受けて出かける岩手県だったが、とにかく多少の縁を見つけられた上で赴けるということで、心安らかになれた。
   縁、ということでいえば、今自分が住んでいる近所には小さな川が流れていて、これを少し下ると「光あまねし」と記した碑が立っている。詩人の草野心平の筆によるものなのだが、草野さんのご自宅もその近所にあった。
   生前にほとんど作品を世に出すことができなかった宮沢賢治を、世の中に広く紹介していったのが草野さんなのだった。
『魔女の宅急便』を作っている最中だったかと思うが、草野さんの葬儀が営まれていたのに、たまたま通りかかったうちの妻が出会っている。どうも、草野家の犬猫と、我が家の犬猫の主治医も共通しているらしかった。
   たまたま草野さんの近所に住んでいるというだけのことなのだが、そういう話をすると、花巻の方々には「ご縁ですね」といっていただけた。
   花巻のあたりでは稲刈りが進み、残っている稲穂が金色で美しかった。

2015年10月16日