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片渕須直監督コラム「すずさんの日々とともに」

   気がつくと11月に突入してしまっている。

   昭和20年11月のすずさんの周辺。
   この年の呉に関するもので、「11月21日 市内四ツ道路に闇市開設」と書かれているものがあった。あるいは24日付だともいう。闇市は自然発生的にいつのまにか出来てしまうものなのだと思うので、「開設」ってどういうことなのだろう、と思わないでもない。
   四ツ道路交差点は今も呉の街中の交通標識に名前が残っている。旧番地でいうと本通3丁目、駅の方から来た広行きの電車が灰ケ峰の方に曲がる曲がり角だ。今は駐車場になっているあたりが、戦後すぐには空き地で、そこに闇市が開かれた。空き地自体は戦時中の建物疎開によってできたもので、一角には四角くコンクリートで周囲を固められた防火用水池があった。この空き地は四方を土手で囲まれていた。この土手の意味もよくわかりかねている。
   当時の写真を眺めながらこのあたりのレイアウトを描いていた浦谷さんが、「クレーターがある」といい出した。
   写真をよく見ると、闇市の空き地から交差点を挟んだ対角線の反対側の焼け跡に、たしかに町並みの1ブロックに相当するような大きな窪地があった。空襲で街が焼失する前の航空写真ではふつうに家々が建っている場所であったし、精度のよい航空写真が揃って残っている昭和22年の状況を見ても再び家並みが立ち並んでいるので、今までうっかり気づかずにいた。
   昭和20年8月7日に、被爆後の広島の損害評価写真偵察に来た米軍偵察機が、その帰り道に撮ったこちらも焼け跡となってしまった呉の空中写真を引っ張り出してみる。クレーターはよくわからない。ふと、写真の上下を逆にしてみたら、光線の加減で凹凸がきちんと認識できるようになった。その近所にももうひとつ、合わせてふたつほどの直径20メートルくらいの漏斗孔(戦時中は爆弾クレーターのことをこういった)が見えてきた。1トン爆弾が地中深く突き刺さってから爆発すると、これくらいの穴ができるらしい。
   昭和20年7月2日の呉市街地焼夷弾空襲のことは色々読んできたつもりだったが、焼夷弾に混ざって1トン爆弾が落とされていたらしいという話はなかった。気にとめておくことにしたい。

   2015年11月のわれわれは大童になっている。来る11月23日の広島国際映画祭に、パイロットフィルム、「冬の記憶」に続く『この世界の片隅に』3本目の映像を持っていけないかと、作業を急いでいる。映像として完成させていく工程はいずれにしても通らなければならない道なので、よい契機になってはいる。
   このところ、日をおかず色彩のチェックを繰り返している。ただでさえ登場人物たちの服装の変化が多い映画ではある。その上、「夏は日焼けさせたい」などという注文も出してしまった。『マイマイ新子と千年の魔法』でもそこまではやらずに来たのだが、今回は「これはそういう作品なのだ」と思ってしまった監督である自分がいる。
   リアリティのあるコスチュームの配色も難しい。単に着物の上に重ねられた模様に色を刺すというだけでなく、その色でもって布地の質感を感じられるようにもっていかなくてはならない。
   その上に加えて、時刻に応じた色の変化がある。朝早くの光に照らされたすずさん。夕方の光を浴びたすずさん。家の中にいるすずさん。
   普通の作業ならば「ノーマル」と称して普段の色調を作っておけば、そこそこ使い回しが利くものなのだが、今作業している分については、色彩設計の坂本さんが
「ほとんど全部アブノーマルじゃないですか」
   と、いっていた。光線の条件が違う状況に応じて、その都度、坂本さんが色を塗ってきて、これをチェックすることになる。
   昔作った『アリーテ姫』では、一切「ノーマル色」は作らず、全カットそのカットの背景に合わせた色彩設計を行って色を作っていったものだったが、今回もそれに近くなって来てしまっている。

2015年11月12日