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片渕須直監督コラム「すずさんの日々とともに」

   すずさんはよくは知らなかったかもしれないが、日本陸海軍は昭和19年にアメリカとの決戦を行うのだとして、18年丸一年とさらに19年の前半をかけてそのための準備をしてきた。戦争では何よりも航空機がものをいう時代になっていたから、その生産が何よりも急務で、そのために軍需省などという役所が設けられたり、中学生や女学生まで勤労動員となって工場で働かされるということになった。
   海軍の決戦はまずは19年6月、マリアナ諸島をめぐる空海戦として行われた。これに完敗し、あらかじめ決められていた「絶対国防圏」なるものも呆気なくその内側に踏み込まれ、米軍が占領したマリアナのサイパン、グアム、テニアン各島からB-29が直接日本本土に空襲を仕掛けられるようになってしまった。本来ならばここで敗戦だった。
   にもかかわらず、敗戦として講和することになるのならば少しでもよい講和条件を獲得できるように敵に一矢報いてから、という理屈が働き、もう一度決戦を今度はフィリピンで行うことになった。何が何でも一矢報いて、ということから無理に無理を重ねた結果が、映画にもなった『野火』のような羽目だった。何が何でもの無理は地上戦だけでなく、航空特攻、水中特攻という形をもとった。「神風」などという言葉が新聞紙面を踊るようになり、軍需省航空兵器総局長官の遠藤三郎中将はこの二文字と日の丸を染め抜いた鉢巻を作らせ、開戦記念日である19年12月8日に勤労動員されている全国の女学生たちに配った。おかげで、工場で働く当時の女学生の写真を見てもこの神風鉢巻をしているかどうかで19年12月以前なのか以降なのか識別できてしまうのだった。神風鉢巻を締めた時期の女学生たちは、それ以前よりもずっと衣服が貧相になっているように見えてしまう。この鉢巻はよほど大量に作られたらしく、今でも新品同様のものが古物市場に大量に出回っている。
   そのフィリピンでの戦いもほぼ決着がついたのが20年2月。つまり敗戦が否応なく決定的になって、あとは詰め将棋が詰まるのを待つだけの状況となっていたそんな時期に、アメリカの航空母艦群は東京を始めとする日本本土への艦載機空襲を始めている。米軍の次の矛先は東京都の南の端に近い硫黄島に向けられた。この島はB-29がマリアナから日本本土に向かうちょうど中間にあり、日本軍がいることが目障りであるのと同時に、ここを占領してしまえば損傷したB-29を帰途の真ん中で不時着させることができるようになる。さらに、B-29よりも航続力が小さい戦闘機をやはり日本本土に向けて発進させられるようになる。
   20年2月19日、米軍は硫黄島への上陸を開始した。今まで南の島に米軍が上陸して来ると、守備隊の日本兵は自殺的なバンザイ突撃を行って潰え去るのが常だったが、硫黄島ではこの行為は禁止された。できるだけ長く敵を苦しめることが望まれたからだった。
   2月28日、ラジオは硫黄島の将兵に向けて感謝の言葉を添えた決別放送を流した。普通ならこのくらいで「玉砕」となるはずだったのだが、硫黄島の日本兵は3月中旬まで戦闘を続行し、米軍に膨大な出血を強いている。
   硫黄島で戦争が行われている間、マリアナのB-29はこの島の上空を避けて飛行するようにと命令されていた。
   この戦いが済めば、次に米軍は日本本土の一部である沖縄に向かうことになる。沖縄を占領すれば、嘉手納と普天間にも大きな滑走路を作ってここからも日本本土に向けたB-29を飛ばすことができるようになる。これには、対独戦が終わった在ヨーロッパの戦略爆撃部隊を機材改変して持ってくる。さらに、戦術爆撃機も日本本土に向けて飛ばせるようになり、九州を空から制圧して上陸作戦を行えるようになる。
   沖縄戦にあたって米軍には懸念があった。大和以下の戦艦をはじめとする日本海軍の軍艦がまだ残存していたことだった。これはその大部分が呉にあるらしかった。

   ということで、硫黄島の戦闘が決着すれば、次に始める沖縄戦への前哨戦として、呉に対して大規模な航空攻撃がしかけられることになる。
   すずさんはそんなことなど知らず、2月にはまだ個人的な問題に心を砕き、家族のための毎日の家事にいそしみ続けるのだった。たとえどんなに雪が多く寒い2月だったとしても、気候が緩む3月にすずさんたちの上に訪れるもののことを思うと、「3月来るな」と思わずにいらられない。

   まったく次元の異なる話だが、作業進度に遅れを抱えたわれわれもまた「3月来るな」という心境の中にある。
   ところで、制作が、
「29日に作画の打ち合わせでいいですね?」
   といってきた。
「えっ、今年は2月29日あるの?」
   一日儲けた。

2016年2月25日