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片渕須直監督コラム「すずさんの日々とともに」

   昭和20年2月には太平洋方面のアメリカ海軍正規航空母艦は14隻にもなっている。それはそれでアメリカの造船所の働き手たちが懸命に仕事をした成果ではある。そのうちの1隻、最古参のCV-3サラトガは2月21日に日本側特攻機の突入により大破してリタイアするが、すぐに新造のCV-31ボノム・リシャールが就役してきている。
   この空母群が2月16日17日に関東地方に空襲を行っている。日本本土に向けた、いわゆる艦載機空襲がこれで始まる。
   次にアメリカ空母機動部隊が日本の内地に艦載機空襲を仕掛けてくるのは3月18日。目標は広島その他。
   広島から助っ人に来てくれている演出助手の三宅君が、
「広島に空襲があったんですか?」
   と訊ねるのだが、まったく空襲がなかった広島だから原爆の投下目標都市になったという思いがあるからなのだろう。実際には、3月18日に広島は艦載機空襲に遭っている。
   南の洋上から接近してくる米艦載機を迎え撃とうとしたものの中に、江波山の陸軍高射砲があった。すずさんの実家の近所の山、水原哲のために絵を描いてやったり、道に迷った周作さん父子と出合ったあの山だ。すすざんにとっては馴染み深いこの山の頂上には高射砲が据えられていたのだ。
   アメリカ海軍の艦載機空襲というのは、日本側の手が届きにくいはるか高高度からやって来るB-29のような戦略爆撃機とは違って、小型の飛行機で攻撃を仕掛けてくる。それだけに損害も出やすいので、戦法が工夫されている。敵(日本側)の死角になる地物に隠れて接近してくるのだ。山のあるところでは山の稜線の向こう側に姿を隠して近づいてきて、攻撃直前に稜線を飛び越えてくる。
   以前、小笠原父島に旅行したときに、境浦に沈んでいる輸送船の目の前の崖の上にカーチス・ヘルダイバーが墜ちているのを見た。二見港を狙おうとして稜線を飛び越えたところで撃ち落されたらしい。この艦上爆撃機の残骸の脇には、訪れた搭乗員の家族が作った十字架のモニュメントがあった。
   3月18日の広島艦載機空襲では、米艦載機はいったん市街側に回りこんで、北側から江波山の高射砲陣地に攻撃を仕掛けてきたようだった。狭い山頂の土地の南側には高射砲があるのだが、北側には気象台があった。物語冒頭、すずさんが中島本町に海苔を届けるおつかいに出されたあの頃に建築中だった気象台の建物だ。米軍機はこの三階建ての建物に隠れてやってきたのだという。陸軍側は気象台さえあそこに建っていなかった、と憤ったのだが、その場合は北側に広がる広島市内にめがけて高射砲をほとんど水平に発射することになっていたはずだ。町並みに直撃弾が飛び込むようなことになってしまったのではないだろうか、と想像してみる。
   実は、この3月18日の江波山高射砲の話は1980年代にはもう知っていて、宮崎駿さんが「今度作る『天空の城ラピュタ』では敵は巨大高射砲塔を作る軍なんだ」といっていたので、「市街地の高射砲塔が俯角射撃すると町が大変なことになります」みたいなことを話したことがある。
「へえ、広島に高射砲塔があったの? それは知らなかった」
「高射砲塔ではないんですが、小高い山の上が高射砲陣地だったんですよ」
   そうした話から宮崎さんは豚の高射砲塔の漫画を描いたりした。
   江波にはそんな古い個人的因縁もある。

   広島艦載機空襲の翌日、3月19日には呉と神戸に対して艦載機空襲が行われた。一連の作戦は、米軍の沖縄上陸作戦を前にして、まだ残存している日本海軍の戦力を叩いておこうとするもので、前段の広島空襲はまず近隣の日本側飛行場を攻撃しておこうという意図だったようだ。
   一部の米艦載機が神戸に向ったのは、神戸にも日本海軍の残存艦の何かがいるらしいという情報があったからのようで、神戸方面に対しては重ロケット弾を搭載して行っている。
   この時点での日本海軍の残存艦といえば、まず大和があった。さらに戦艦が何隻か、航空母艦が何隻か。しかしながら、そのほとんどは呉とその近隣の広島湾にいた。護衛空母も含めて15隻のアメリカ航空母艦がこの方面の攻撃に加わった。
   前日の広島と同じように、呉への場合も米艦載機は地物を巧みに利用しつつ攻撃目標への接近を図った。南から飛来して四国上空を飛び越えて、いったん呉の西側から北西側に回り込み、標高737メートルの灰ヶ峰に隠れてやってきた。灰ヶ峰はすずさんの家の裏山でもある。
   なので、この日の朝、段々畑にいたすずさんは、こうのさんの漫画にはまさしくそのように描かれているように、背後を振り返ってそこに米軍機の姿を見ることになる。

2016年3月17日